2021年10月30日土曜日

2勝目

今日は練習試合。2チーム来ていただいてのゲームでした。

練習試合は自分を試す場と言いながら、目の前の結果に一喜一憂してしまうもの。そういう「憂い」と正しい方向に向けるのが監督の仕事だ。今日はできたかな。

練習試合をしていて好きなのは、応援に来てくださった保護者の方との会話。何気ない会話から彼女たちの行動の根拠が見えることもあり、僕は野球部を見ているときからけっこうこの時間を大切にしてきた。選手としての生徒、我が子としてのあの子。このすり合わせは貴重な時間。顧問は勝っても負けても一番のファンでないと、というのが僕の持論。これは僕の本でも書いた。

偶然、今日は試合会場にウチの野球部も来ていた。生徒が僕に気づいてあいさつしてくれた。1試合目のあと。いつも制服を来たり、練習着を着ている子たちがかっこいいユニフォームで、いろいろと話してくれる。貴重な時間。

「勝ったんか?」「ウチは0−11で負けたから偉そうに言われへんのやけど」そんな他愛のないやりとりをした。それに気づき、野球部の保護者の方ともお話ができた。貴重な時間。

2試合目、最終回に一気に大量得点をとって逆転勝利だった。最後の守り、勝ちたい気持ちが強すぎて守りに入った。こうなると固くなる。やっぱり失点したのでそれをみんなに話した。

今日はメンバーが少ない中、いつもベンチにいる子がフル出場だった。「めっちゃ楽しかったです」「こわかったです」悲喜こもごも。僕は楽しかったけど。

やっと2勝目。みんなうまくなってきているし、僕も求めたいことが増えたきた。またみんなと頑張ろう。あたたかくソフト日和、野球日和の一日でした。

2021年10月29日金曜日

わかった人ほど語れない

 3年生の選択の授業で手話の授業をやってきた。まとめの位置づけで、僕が担当した。(ペアでやっている授業です)

前任校では聴覚支援学校と近かったご縁もあって、1年生が毎年交流行事をやっていた。当時のエピソードや写真を交えながら、聴覚障害者について自分が知っている話をした。6回も授業をやれば興味をこえた感情を抱く。「おもしろい」のあとの感情。大事なのはここからだと思う。

最後に大阪市で起きた、生野特別支援学校の生徒の事故について話した。ポジティブな話のあとに「我々はそういう社会を生きているのだ」と、しっかり考えてもらうために。事故で我が子を失った両親が民事で起こした訴訟。その内容が看過できないものであった。

2021年10月28日木曜日

もう過去の人なのに

もう自分の居場所ではないのに、自分がまだそこには必要な存在だ、求められている人だと勘違いしてしまう。何度かそういう思いをしたことがある。

初任校を転勤して、ある席に招待された。つい数ヶ月前まで一緒にいたのに、行ってみれば簡素なものだった。かつての仲間が声をかけてくれるけど、もうすっかり僕は過去の人。懐かしいメンバーと楽しい時間を過ごせると思ったら単に置き物みたいに、隅にいるだけだった。さすがにヘソを曲げて帰りはしなかったけど、これなら来なかったら良かったと席の途中で思った。自尊心が挫かれた。そもそも自分は何者でもないのに。

野球でもあった。ねぎらいの電話、時間を割いての訪問。喜んでもらえると思ってやってみたのに、ほとんど無反応。そもそも相手のためにやっていることではないから、それは仕方がないことだ。それなのに、失意で帰路につくのはなぜだろう。

「近くに行くから」と連絡があった恩師。久しぶりに会えると思って、休みを頂いてそこに行ったのに、話したのは数分。あれ、このために?

過去の人でしかない自分と、いまいる場所の自分と。連絡がないくらいが忙しい証拠で、元気な証拠だと昔から言う。

過去のあれこれを後生大事に持ち続けるのは愚かだと、そろそろ気づかないといけない。

2021年10月27日水曜日

ノート点検は必要か


高校生に授業をするようになり、ノート点検の意味を考えるようになった。中学校では1年生のノートはまだまだ整理できていない。日を追うごと、年を経るごとに自分で整理できるようになり、だんだんと見返せるようになっていったものだ。しかし、高校生。

僕が用意した板書の「レプリカ」を見て、これは評価になるのだろうか。プリントはロイロノートで提出。貼っているかどうかなんて、学力をつけるというところから見たらまったく本質からズレたことだ。ノート点検しませんよ、というとノートを取らない生徒も出てくるだろう。そういうのも個人的にはあってもいいんじゃないかな、とさえ思う。

じゃあ点さえ取れたらいいのか。極論、そういうことになってしまうかもしれないが、論点は「板書が反映されたノート」を僕がチェックすることに何の意味があるのだろう、ということ。オリジナリティのあるノートもある。それはあくまでその生徒の学習の跡であって、見てもらうために「映える」ノートを作るようでは意味がない。

見直して、見返して学習になる。もちろん、授業を受けているときにノートを作ることで思考が言語化され、フレーム化され、自身の考えていることがまとまっていく。

じゃあ古典では? やはりノウハウめいたものを網羅したノートになりがち。果たして考える時間が授業のうちにどれくらいあるだろう。生徒を指名する意味も。考えを共有する、とかいうが、高校生にどこまでそういうことが必要なのだろう。いらないとは言わない。どこまでか、ということ。

学習に向かう以外の力学が働いている。生徒の頭がヘトヘトになる授業がしたい。ノートはあってもなくてもいい。授業をちゃんと受けるためのお作法のためのノートであれば、双方にとってよろしくない。ノート点検、いるんかねえ。

2021年10月26日火曜日

清濁併呑


人にやさしくすること、すぐに腹を立てないこと、どんなことでも受け入れること。そういうものがアダになり、まぶしく感じる人からは妬まれるものだ。

寛容でいることが人のためじゃなくて、実はそうできる、いようとしている自分のためのものであれば単なる自己愛だ。

オールマイティは結局何の役にも立たない。芳しい香水のもとは、鼻をつくようなニオイのもとからできている。何でもできることというのは何かしかできないことより価値のないものだ。

巧妙に、他者のためであることを装っている人と距離を置くこと。己の信ずるところに基づいて行動すること。安易に金儲けや成功を語る輩に伍することのないこと。

若い人の周りには可能性と危険とがたくさんある。自己愛を他者への愛と見紛うな。

中学校の教師時代の教え子と話し込んだ。悩む姿はあのときと同じだ。

困ったときに話し相手になる。

教師の仕事はお金儲けには向いてないが、愛に溢れた仕事です。

月曜から夜ふかし

すいません、番組じゃありません。

いまやっと授業の準備が終わったところです。


今日は明日の3年生の選択の授業の仕込み。6回にわたって手話の授業をした。それ以来、僕も手話を勉強しようと決めた。細々とやっている。

前任の中学校では1年生が近くの聴覚特別支援学校と交流する行事があった。あのときにもっとちゃんとやっていれば、と思ったけど、後の祭り。でも、所属した学年で3回ほど交流したので資料がたくさんある。明日はそれを使って。何が役に立つかわからない。

この選択の授業はボランティアについて学ぶ授業。僕自身、ボランティアについてよく知っているわけじゃない。ただ、自分の位置から話せることはいろいろとある。前は災害ボランティアについて、その前は車椅子の実習。これも全部自分のストックのうち。経験はしておくに限る。

大阪の生野特別支援学校の事故の裁判の話を最後にしようと思っている。前任校の近くで起きた悲しい事故。裁判はまだ続いている。僕たちはこういう出来事と地続きの世界に生きている、という話をしようと思っている。

たった数名のための、1回きりの授業。使い回し無し。これも僕にとっては本当にいい機会だと思う。

月曜から夜ふかし、終わります。

みなさんもほどほどに。

2021年10月24日日曜日

40歳の教員採用試験 体験記 ②

 ①の続きいきます。

面接対策ということで、聞かれそうな質問のQ&Aを作った。中学校から高校、大阪から兵庫への鞍替えは必ず聞かれる。ここは当然のように準備。

高校で勤めてみたいと思ったのは学生の頃はやはり甲子園だったけど、今は違った。中学で長いこと勤めると「この子はこの先、卒業したらどうなっていくのかなあ」と先に思いを馳せるようなことがあった。実際は追跡調査まではしていないものの、卒業させて終わり、みたいな感覚はちょっと寂しい、この先が見られるなら見てみたいという気持ちがあった。しんどい子ばかりの学校もある。高校の先生は本当にたいへんだなといつも思っていた。

大阪から兵庫に関しては、プライベートなところで答えを用意した。大阪は生まれ育ったところ。そこを離れるとなるとやはり寂しさはあった。これもまたいつか。

兵庫は一次で集団討論がある。自分の話ばかりでもいけないし、主張しないのもいけない。あらかじめテーマが試験より先立って発表されるので、これをもとにして。3つのうち、一つが選ばれる。どれもこれも、「なぜ先生になりたいのか」「どんな先生になりたいのか」が明確にあれば答えられる。確かに最新の情報の予備知識は必要だけど、それは枝葉末節。自分より年齢が若い方と討論をするはずなので、うまくやれるかちょっと心配だった。

そういう感じでコロナの休校期間やテレワークで空いた時間を利用して爆発的に勉強した。猛勉強という言葉がふさわしい。このトシになるとすぐに忘れる。特に一般教養は骨が折れた。每日地道にやり続けることを日課にした。しんどくても必ず少しでも。同僚で採用試験を受ける人たちと励まし合いながらやった。

もし今年ダメならどうするか、とかそんなことは一切考えず、仕事と両立することを心がけた。何より自分の武器は長いこと生徒たちと過ごした時間がある。これを言語化することも日々やってきた。あとは地道にやっていくだけ。特に古文、古典文法、漢文はほとんどやっていなかったから来年のことを見越して、YouTubeなどの授業動画を活用して必死にやった。これが今でも確実に活きている。クラスの子たちにもうまく使うといいよと、アドバイスした。

仕事に学歴は関係ないとよく言う。本当だろうか。少なくとも大学生になっても「猛」がつくような勉強をしてきたことのなかった僕は、本当の努力を知らなかった。しんどい思いをして志望校に合格した人はこういう練磨に耐えてきたのだろうと察する。そういう意味で学歴はある程度必要と思う。ないならないでいい。どこかで僕みたいにガツンガツンと頭を打って、そこからやればいい。なんとかかんとか中学校では勤めはできたし、勉強する意味をもう一度確認しながらの受験勉強の時間になった。矛盾するが、いい仕事はきっと学歴でするものではない。ただ、努力の跡としての学歴はウソはつかないのじゃないかと思う。

さて、今回はここまで。実際の試験のことは守秘義務もあるのであまり書けませんが、ほんのりと書けるところを探して次回は綴ることにします。③に続く(かな?笑)。

高校版 修学旅行に行ってきた

二泊三日の修学旅行を終えた。よかった。誰も損をしない行事になった。 ちょっと昔、修学旅行委員長に推した生徒がいた。引っ込み思案、でも、力がある。彼はやりたそうだったので、僕が推した。八面六臂、気配りや決断力があった。その彼をレクレーション大会のあと、みんなでサプライズで感謝の言葉...