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2021年10月29日金曜日

わかった人ほど語れない

 3年生の選択の授業で手話の授業をやってきた。まとめの位置づけで、僕が担当した。(ペアでやっている授業です)

前任校では聴覚支援学校と近かったご縁もあって、1年生が毎年交流行事をやっていた。当時のエピソードや写真を交えながら、聴覚障害者について自分が知っている話をした。6回も授業をやれば興味をこえた感情を抱く。「おもしろい」のあとの感情。大事なのはここからだと思う。

最後に大阪市で起きた、生野特別支援学校の生徒の事故について話した。ポジティブな話のあとに「我々はそういう社会を生きているのだ」と、しっかり考えてもらうために。事故で我が子を失った両親が民事で起こした訴訟。その内容が看過できないものであった。

2021年10月28日木曜日

もう過去の人なのに

もう自分の居場所ではないのに、自分がまだそこには必要な存在だ、求められている人だと勘違いしてしまう。何度かそういう思いをしたことがある。

初任校を転勤して、ある席に招待された。つい数ヶ月前まで一緒にいたのに、行ってみれば簡素なものだった。かつての仲間が声をかけてくれるけど、もうすっかり僕は過去の人。懐かしいメンバーと楽しい時間を過ごせると思ったら単に置き物みたいに、隅にいるだけだった。さすがにヘソを曲げて帰りはしなかったけど、これなら来なかったら良かったと席の途中で思った。自尊心が挫かれた。そもそも自分は何者でもないのに。

野球でもあった。ねぎらいの電話、時間を割いての訪問。喜んでもらえると思ってやってみたのに、ほとんど無反応。そもそも相手のためにやっていることではないから、それは仕方がないことだ。それなのに、失意で帰路につくのはなぜだろう。

「近くに行くから」と連絡があった恩師。久しぶりに会えると思って、休みを頂いてそこに行ったのに、話したのは数分。あれ、このために?

過去の人でしかない自分と、いまいる場所の自分と。連絡がないくらいが忙しい証拠で、元気な証拠だと昔から言う。

過去のあれこれを後生大事に持ち続けるのは愚かだと、そろそろ気づかないといけない。

2021年10月27日水曜日

ノート点検は必要か


高校生に授業をするようになり、ノート点検の意味を考えるようになった。中学校では1年生のノートはまだまだ整理できていない。日を追うごと、年を経るごとに自分で整理できるようになり、だんだんと見返せるようになっていったものだ。しかし、高校生。

僕が用意した板書の「レプリカ」を見て、これは評価になるのだろうか。プリントはロイロノートで提出。貼っているかどうかなんて、学力をつけるというところから見たらまったく本質からズレたことだ。ノート点検しませんよ、というとノートを取らない生徒も出てくるだろう。そういうのも個人的にはあってもいいんじゃないかな、とさえ思う。

じゃあ点さえ取れたらいいのか。極論、そういうことになってしまうかもしれないが、論点は「板書が反映されたノート」を僕がチェックすることに何の意味があるのだろう、ということ。オリジナリティのあるノートもある。それはあくまでその生徒の学習の跡であって、見てもらうために「映える」ノートを作るようでは意味がない。

見直して、見返して学習になる。もちろん、授業を受けているときにノートを作ることで思考が言語化され、フレーム化され、自身の考えていることがまとまっていく。

じゃあ古典では? やはりノウハウめいたものを網羅したノートになりがち。果たして考える時間が授業のうちにどれくらいあるだろう。生徒を指名する意味も。考えを共有する、とかいうが、高校生にどこまでそういうことが必要なのだろう。いらないとは言わない。どこまでか、ということ。

学習に向かう以外の力学が働いている。生徒の頭がヘトヘトになる授業がしたい。ノートはあってもなくてもいい。授業をちゃんと受けるためのお作法のためのノートであれば、双方にとってよろしくない。ノート点検、いるんかねえ。

2021年10月26日火曜日

清濁併呑


人にやさしくすること、すぐに腹を立てないこと、どんなことでも受け入れること。そういうものがアダになり、まぶしく感じる人からは妬まれるものだ。

寛容でいることが人のためじゃなくて、実はそうできる、いようとしている自分のためのものであれば単なる自己愛だ。

オールマイティは結局何の役にも立たない。芳しい香水のもとは、鼻をつくようなニオイのもとからできている。何でもできることというのは何かしかできないことより価値のないものだ。

巧妙に、他者のためであることを装っている人と距離を置くこと。己の信ずるところに基づいて行動すること。安易に金儲けや成功を語る輩に伍することのないこと。

若い人の周りには可能性と危険とがたくさんある。自己愛を他者への愛と見紛うな。

中学校の教師時代の教え子と話し込んだ。悩む姿はあのときと同じだ。

困ったときに話し相手になる。

教師の仕事はお金儲けには向いてないが、愛に溢れた仕事です。

2021年10月23日土曜日

40歳の教員採用試験 体験記 ①

コロナのこういう騒ぎになり始めた去年のはじめ。たびたび休校になり、僕はそこで勉強を始めた。学生時代との違いはいろいろとあった。

まず情報集め。

兵庫県の採用試験は初受験だったので、何が必要かわからない。HPを見ると、中学校の17年間のキャリアは試験上全く有利に働かないことが判明した。大阪市の中学校→兵庫県の中学校ならかなりの優遇。確か面接だけでよかったはず(1次も免除だったかな)。以前に少し調べてこれを知り、ひるんでやめたことがある。思えば本気じゃなかったのだろう。

僕の場合は大阪市の中学校→兵庫県の高等学校ということで、どこもリンクしない。ということで一般受験。これはあとからよく言われたことだけど、てっきりいろんな免除を使って合格したと思ったと。いえいえ、イチからの勉強でした。1次から学生さんと同じ土俵です。

次に教材。学生時代、一ツ橋書店の教員採用試験の関連書籍をよく活用した。

これはスグレモノでサイドにメモができる。これで目一杯やった。でも、今さらこういうのもどうかと思い、とりあえず兵庫の過去問をゲットした。尼崎にある県の施設に行ってコピーをした。担当のおじさん以外誰もいない事務所。どこに問題あるねん、と思ったけど、あった(笑)

教職教養忘れてるなあ、ということで学生時代にやったネットの教採問題サイトでお世話になった。すぐ思い出した。兵庫の過去問、めちゃくちゃ問題数が多いんですよ。しかも難しい。中学生レベルの問題だけど、いまさらできません。困った。わからない問題はネットと、同僚に教えてもらった。何人かには受験のことを話していたので協力してくれた。中3の所属だったので実力テストももらった。目の前の子たちと同じテストをする。恥ずかしいけど僕よりできる子がいっぱい。「ちょっと気になるねんこれ」と教師の道楽のフリをして生徒にも聞いた。なりふり構わず(笑)理科の圧力の問題と数学の比の問題に苦労した。(さすがに国語はやってません笑)英語も自信があったのでそういやしなかったな。何の根拠もない「国語と英語はかかってこい」という自信で他の教科を頑張りました。

次に教採の傾向分析。

兵庫はローカルの教育施策の問題が出る。きっとオリンピック関連も出るはず。県の教育関連の手引をネットで。今はダウンロードできるので冊子にして熟読した。へー、そうでしたか、というものばっかり。そういや、大阪のもあまり読んだことなかったな…。

長くなったので、今日はここまで。まだまだ書けそうな話題。②はいつになるかわかりませんが、また書きます。

2021年10月21日木曜日

中学校と高校、同じ生徒だけど

 今日は中高の生徒の違いについて。語弊を恐れず言えば「こんなに放っておいていいんや」というのが率直な感想。放っておくというか、今までが僕はかまいすぎてたのだな、とつくづく感じる。

給食、部活の引率、行事の取り組みなど、中学校の先生はいかに前面に出て生徒に指示していたのかを自覚することが多くなった。その前面に出るのがある意味でいう「おもしろさ」かもしれない。小学校はもっとかも。憶測が交じるが、教師が自分のやりたいようにでき、ややもすると自分の代わりになってそれをする。そんなことも可能だ。

そういう文脈で言っていくと、高校は本当にそばにいるだけ。勉強をやりなさい、こうしなさい。頭では絶対にわかっている。しないのはしたくないからだ。中学校も高校も同じ。同じだけど、高校のほうがより強固(頑固?)だ。言っただけですぐにやるなら自分でやっている。そういう話になる。

だとすれば、高校生は何を教師に求めているのだろう。それがいまの最大の関心事。当然、勉強を教えるのは言うまでもない。中学校とは比にならないくらいに量も多し、難しい。科目数も増え、さばくのもひと苦労の質量。そんな子たちが教師に求めるものは。大人なんて、というメガネはすでに持っている。そんな子たちに。これは仮説だけど、大人が話すにあたり、「何に心を傾けたか」「熱くなったか」「どんなことで悔しい思いをしたか」を求めているように思う。伝え方は難しい。言い古されてきた表現や無味乾燥なものでは受け付けないだろうから。

中学校ではこういう大人の話は中3になってようやくできたように思う。いや、別に1年生にやってもいい。でも、伝わり方が違うし、言葉も選ばないといけない。大人までの距離、時間が遠すぎてイメージすることがままならない。中1のときにした話を3年でも話す。僕はよくこれをやってきた。こういう時間は教師にとってはとてもいい時間で、いわばデザートのような、教師の仕事の真骨頂とも言える。(授業でもう伝わっている、というのは言われなくてもわかっています)

高校ではそれがデザートとしではなく、サーブの仕方で、求められている。時期が来たら食いつくような話はすでに経験済み。自分そのもので向き合っていかないと見向きもされない。すごい環境だ。一人の「人」として向き合うことに尽きる。

今は勉強をしっかり教えてほしい。困ったとき、わからないことがあったときは呼ぶから、それまではそっとしておいてほしい。たまに手伝うくらいでいいから。そんなふうに見える。心配性のおせっかいな先生もいれば、年相応に接している先生もいる。それは中も高も同じ。結局は「その人」だ。

僕が見ているのはまだ数ヶ月だけだし、他の学校はもちろん知らない。かまわなくていい気楽さと、かまわなくていい寂しさが共存している。あと何年かしたら青いなあ、と思うことを書いてみた。こういうのは今しか感じられないので鮮度のいいうちに。

今日は出張だった。学校の前のテニスコートに授業で行っているクラスの男の子たちがいた。一瞥して、あ、と思ってもう一度見て手を振った。ぺこりと頭を下げる子、同じように手を振り返してくれる子。高校には高校のおもしろさと、生徒のかわいさがあるなと思ったので、こんな文を綴ってみました。

2021年10月18日月曜日

言ったあとで困るのは誰だ

「野球部の教科書」という小冊子をせっせと配っていた時期がある。自分は良かれと思ってやっていたけど、これを真似てやって、困るのは誰だろう。そういうことを全く考えず、ここ数年いた。本も書かせてもらったし、原稿もいくつか。せっせとせっせと、僕は自分のために書いていたような節が正直ある。いい気になって書いていた。今思えば本当に拙いものばかりだ。

僕ぐらいの教師の小さな成功譚でも、学生や若い人にはプラスになる。それが方法だけ抜き取られ、それを実践した人たちが待っているものは。今日はそれに言及したい。その人のオリジナルは結局その人のものでしかない。集団も違うし、それにいたったマインドも違う。それなのに、うまくいったことをテクニックめいて披露することで、やっぱりやりたくなる人が出てくる。場合によってはそれを望んで発信する。これが実に怖いことなのだ。

方法の真似のあとで待ち構えるのは自分の本質を問われる出来事に直面することになる。ドラえもんの道具でうまくいったあとにのび太が持て余して失敗してチャンチャン。漫画ならそれでいいけど。こと先生の仕事の先に待っているのは子どもたち。手柄をツイートして、せっせと原稿を書いて。ちょっと僕はそれが怖くなったので、しばらく離れたほうがいいなと思うようになった。高校の先生になりたいというのもあったけど、言いたいことはだいたいうまく伝わらないもの。小さな集団で有名になっていい気持ちになるのは悪いことじゃないけど、いいのかなーという気持ちもある。

言ったあとで困るのは誰なのだろう。GIGA構想の実践のただ中だけど、大切なものは変わらない。僕はそれを地でいくように、生徒と接したいし、心根に迫る話がしたい。挫折なんかしょっちゅうだ。そういう大切なものを言葉にできるような、日々の実践をしていきたいと思います。

2021年10月17日日曜日

話を聴くこと


 聴くことは〇〇、という定義をするつもりはなく、思いつきで書いてます。

先日、教え子から手紙をもらった。その手紙を読んでいて、「話を聴くってこういうことだな」と直感めいたものがあった。その子は大阪のある強豪校で部活を続けている。奮闘ぶりや今の生活での所感が綴られていた。最後に「先生、高校はどうですか?」と。

もちろん、手紙なのでこちらが受け応えしていないから、一方的にあちらが好きなことを書き、最後に尋ねるような文面になるのは仕方ない。でも、人に話をするときって、聞いてほしいからしたり、意見を聴きたいからするものだ。アドバイスをしてほしいときはそれもそれでわかる。こうやって好きなことを目一杯話して、そして「それで、どう?」みたいなやりとりが理想的だよなと思った。つい、自分の話がしたくなるものだ。

最近やっと生徒と廊下で雑談するようになった。僕は今年担任がないので、授業でしか関わらない。だからオフのバージョンではなかなか相対することができない。ここでは僕はひとえに「◯◯さんはこうなの?」と「訊く」に徹している。これがけっこうよくて、僕も新しいことを知れるし、話す方も聞かれて悪い気にならない。次話す場面で「こないだのあれ、どうなったん?」と切り出す。僕はあなたのことに興味があるから、というスタンス。割とうまくいっている。向こうから話してくれるようになるまでは時間がかかる。まして、相手は高校生。まだまだ時間はかかりそうだ。自分の話は聞かれてから。聞かれてなくて話すときは1割で。

みんな聴いてほしい。関係性は聴くことでより話せる間柄になるのだと思います。

2021年10月16日土曜日

図書館に行くと

 今日は昼から図書館へ。明石に通勤するようになって、電車の時間が長くなった。小説なら往復で1冊読めてしまう。久しぶりに読書の熱が加熱している。


借りてみて、ミステリー系が多いと気づく。警察ものと。純文学といわれるものも、とりあえず借りた。ただ、硬派な昔のものは今回はやめた。


図書館に行くと今日はお年寄りが多かった。窓口の人とやりとりしている会話が、とてもあたたかかった。


ドラゴンクエストのサントラを借りに来たおじいさん。すぎやまさんが亡くなったから、思い立って借りに来たそうで。ちょっと聞こえたから聞いてみると、オーケストラバージョンを探していて、それがあーで、こーでとレクチャーされている。「よくご存知ですねえ。とても勉強になりました。いま貸出中のようですので、ご予約でいいですか」きっとこういうやりとりに長けた方なのだろう。おじいさんもCDはなかったけど満足そうに帰っていった。


次におばあさん。探していた本をいっしょに探してくれたそうで「◯◯さんにもお礼言っててね」と告げて、狭い歩幅をせっせと歩みながら帰路につかれた。


久しぶりの図書館。一人がけのソファに座ると坂道と行き交う車が窓から見える。帰って仕事しようと思っていたけど、今日はここで借りる本をちょっと読んでおもしろそうなものを選んでみようという気になった。図書館に行くと、時間がゆっくり進む。帰ってきても同じ。今日は今日でこんな時間だった。


夕方になり、教え子からもらった手紙の返事を書いた。久しぶりに万年筆を使うとやたら手が汚れた。いつも班ノートは万年筆、青インクだったので、そうした。夕飯の餃子を包むとまた手が汚れた。図書館のおかげで今日は仕事から解放された。たまにはいいかな。

2021年10月14日木曜日

言葉を紡ぐプラットフォームとして

 先日、ある方とのやりとりで「杉本さんの言葉は、Facebookのタイムラインに流すのはもったいない」と言われました。僕には身に余るお言葉でした。自分の言葉はどう見えているのか。


Facebookは「いいね」という承認システムがあって、どうしてもこれを気にしてええカッコしてしまうときがあります。僕もよくその陥穽にはまってしまいます。


いつか自分の言葉を見返したくなるとき、ブログなら言葉を拾いやすいはず。noteという手もありましたが、しばらくはここを本拠地にしたいと思います。


言葉を紡ぐプラットフォームとして。出発も到着もここ。そんな場にしたいと思います。これはひとえに自分のため。そう思いつつ、オープンにして思っていることを発信してみようと決めました。


学校の仕事のこと、世間のこと、子どもとの関わり方のこと。それがメインになっていくと思います。続くかな。でも、続けていきます。

2021年1月25日月曜日

野球離れは坊主頭が理由じゃない

 ダルビッシュが、


「高校野球の体罰も多かったし、高校生みんな坊主だし…誰がこの時代に坊主にしたい?って話だと思うんですよ」


と、テレビでコメントしたのがネットニュースになっていた。中学校野球の現場では、すでにこの天秤は経験している。坊主頭に合理性がない上に時代錯誤。校則の話にしていくとややこしいので今回は野球の慣習の話にとどめる。


野球部の顧問の界隈で、どこどこが強いとかいう話は2番、3番の話題。

「今年何人入った?」「いま部員どれくらいいる?」

これがここ数年のトレンド。中学生の中ではもう野球は選ばれるスポーツではない。野球はどうも根性とか、漢字をふんだんに使ったTシャツとかがイメージとしてある。汗だくで甲子園を目指す子たち。それはそれでいい。


中学校では髪を伸ばしていた子も、高校で野球をするというとすぐに髪を切る。何のためらいもなしに。甲子園というごほうびがそうさせる。これは大人もそう。指導者、保護者、周りの人たちがみんな通過儀礼というふうに考えている。


野球ってそんな神聖な、崇め奉られるスポーツなのか。


そう思うとあだち充の「タッチ」は預言書のようだ。あれくらいドライな感じが現代の子たちの感覚に近い。一瞬だけ踏ん張る。そういう力の入れ方。甲子園も一つの大会に過ぎない。でも、もうあんなコンテンツになってしまっているので取り返しがつかなくなっている。


僕は特にダルビッシュの信奉者ではないが、彼の発言はいつもおもしろいなと思う。そうだそうだと、うなずいているのは指導者じゃなくて生徒、子どもたちではないか。もう子どもたちは大人たちの欺瞞にはすっかり気がついているのだ。


一方で、本当に心血注いで甲子園を目指す。僕はこういうのはあっていいと思っている。自分の限界に挑戦する体験。そういう体験をする場としての装置。その意味で野球に打ち込むのは大いに賛成。自分で決めたことなのだから。ここは外野の「とやかく」に耳を貸さず、一心不乱にやったらいい。坊主がどうの、という次元ではない。それはそれであっていい話。


野球が本当におもしろいもので、みんなが大好きなものに変わるためにはボトムアップ。公園でやる野球が一番おもしろいって言われているようじゃ駄目だ。


野球離れは坊主頭が理由じゃない。もっとおもしろいもので世の中はあふれているし、古臭いスポーツというイメージが強い。野球じゃなくてもいいから、何でも打ち込んでみると目の前に壁が現れる。これとどう対峙するのか、自分はどうやってこれを乗り越えるのか。ここと真剣勝負していないなら、坊主がどうのは議論の筋とは違ってくる。じゃあ違うもので勝負すればいいのだから。おそらく、ダルビッシュは門前払い的な野球の旧態依然としている、君臨しようとしている、その姿を戒めようとしているのだ。


自分を磨ける場をどう用意するか。野球をやってみたいと思う子が時代遅れの大きな楯の前に、あきらめて違うものに目を向けてしまうのは悲しい。でも、今となればそれも必然。桑田氏の言葉で言う「現実はパーフェクト」だ。なるべくしてなっている。先の高校サッカーの選手権で決勝での、ベンチのあり方が対照的だったとネットニュースで見た。この手の現象へのレスポンスは実に正直。時代が許さなくなってきたのだろう。


子どもの代弁者としてのトップアスリートがもっと増えてくればいいなと、切に願います。

2019年12月31日火曜日

更新、遅くなりました

2019年、みなさまありがとうございました。

長らくこのブログの更新が止まっておりました。(グーグルの不具合でした)

また少しずつ更新していこうと思います。

2020年、新しい出会いと挑戦であふれた年にしたいです。

引き続きよろしくお願いいたします。

2018年2月18日日曜日

「前任校との対戦は」


忌引で2日間、空けた。抽選会と練習試合をお願いし、今日から復帰した。僕がいないしばらくのうちにいろいろあったそうだ。つくづく、中学校の野球部の顧問の「居る教育効果」の大きさを感じる。居たらいいわけではなくて、居るからできることがあるということ。
さて、今日は前任校と対戦。2年間いっしょに学年も野球もお世話になったT先生のチーム。弱々しかった横書きの細いゴシックの字体から縦書きの太い字に変えたユニフォーム。このユニフォームに本当にたくさんの思い出があるし、ここで多くのことを学んだ。

僕がナンバー3として赴任し、3年めに監督になった。そこからY先生(この方もすごい人)、H先生(市で3位チームを指導)、T先生(市で準優勝監督)と、専門の先生が4人いた贅沢なスタッフだった。しかも年齢がほぼ同年代。たまに会うと誰かれなしに懐かしい話になったり、年齢問わずふざけあって楽しい時間が流れる。僕もこの4人体制で野球をやっていたときが最高の時間だったと自負している。それをどこかでまだ追いかけ続けている自分がいて、同じことはできないのにそれを求めてしんどくなる。やっと最近になってここが自分の中で整理され、もう一段あがった感じがする。
試合は自チームの課題がたくさん見えた。技術面、メンタルの面。中学生は失敗して当たり前。当たり前というのは諦観ではなく、心の準備として。いま書いている原稿がちょうどそのことを書いている。失敗にとことんつきあって、いっしょにしんどい思いをしたい。見どころも多くなったこのチーム。あとちょっと足りない。そのあとちょっとを精神的なものの物足りなさでまとめようと、これまではしていた。絶対そうじゃない。具体的な方法、具体的なプレー、具体的な行動。何をすればそれが解決できるのか、という簡単そうで難しいことに今まで向き合っていなかった。生徒が苦しむのは僕が勉強不足で、具体的な言葉を持っていないからだ。ここがわかってからは生徒を責めることは全くなくなった。人は弱いところに目を向けたくなる。ここの強さが必要だ。
前任校との対戦はいつも何かに気づく。あと何回するだろう。そして今の学校もいずれ前任校になり、いろいろなことを思うのだろう。
〈結果〉
H30.2.18(日) ✕ 此花
① 0−3 ●
② 3−4 ●
此花は好投手が多かった。いいチームだった。「杉本先生が作ったチームを維持するのたいへんやで」って言われたけど、もうすっかり違う素晴らしいチームだった。

2018年1月18日木曜日

「労働問題としての部活動指導に疑問」

ある人から教えてもらった話。最近の部活動をめぐる報道は、こと労働問題としてのみ捉えられてピックアップされすぎていないか。ということ。かつて声を潜めていたサイレントマジョリティが、一つの突破口から溢れ出てもはやこの報道の大勢を占めるような格好になった。皮肉なことに、ひたむきに生徒と向き合っている人の声が今度はサイレントになり、声を上げずに悶々としている。そうじゃないだろう、と。
制止を振り切って話すと、部活動が生徒の成長にどれほど寄与してきたのか、果たしてどこまで「ひたむきに」研究されてきただろうか。労働問題として語られるときに、ここぞとばかりに僕らの時間外の仕事がなんでも違法だと言う声もある。僕はこんなの無視していいと思っている。できる人ができることを。それでいいはずなのに。我が子が小さいから土日はできない。こんな当たり前のことで、もし責め立てられる同僚がいたのならそれをカバーしきれない周囲にこそ問題があるのではないか。好きな人だけがやればいいのに。すいませんが、現状のほとんどはそうなっていますよ。定時に帰る先生を呪わしく思わないし、若い人にばかりしわ寄せがいく様子に隔靴掻痒でいる人もいる。部活動の研修会があったにせよ、参加して本当に声を上げてほしい人たちがそこにはいない。では誰がここで話しているのだろう。
脱線した。生徒が部活動を楽しみに登校してきて、授業で頑張って放課後に活動する。多忙化してほとんどの隙間のない放課後の時間を縫って顔を出す顧問。免罪符として週末に試合や少し長い時間の活動をし、生徒が枯渇している部分を潤す。こちらもつらくなるときもあるけど、やっているうちにできなかったことができてくる。うんざりすることもある。でも、この仕事って、そういうものなんじゃなかったのかとさえ思う。生徒がひたむきに打ち込む姿に、時間と体力と気力が許す限り一緒にいてやりたいと思う。立て込んでしんどいときもある。でも少し前に進めば嬉しいし、できなければやはりしんどい。この一進一退が部活動の醍醐味で、涙で試合を終えた生徒が笑顔で引退し、やっててよかったですと言って卒業していく。下手で怒られてばっかりだけど仲間がいたから頑張れたし、もっとやってみたいから続けたい。あの試合で負けたから、もっと真面目にやればよかったと後悔したから、好きになってしまったから。これから生きていく上で生きがいややりがい、自分のいろんなところに気づかせてくれる良い機会として、部活動は長らく学校の中で行われてきたのではないか。科学が発達し、情報が入りすぎて自分が向き合っている部活動や、生徒たちに対して、果たしてこんな形でいいのか不安になる。でも目の前に一生懸命頑張る子たちがいるから、少しでも力になってやりたい。
ただ昔より責任は重くなり、周囲の目も厳しい。外に出せば良い、時間を減らせばいい、やり方を見直せ。外に出せば外との調整で手を取られ、時間を減らせば自ずと中身を濃くせざるを得なくなり、やり方を見直そうとも良きモデルがいない。いたずらに外国のメソッドや海外の例が取り沙汰される。こんなことを眼前に曝されて、意気揚々と部活動指導に向かっていけるこれからの世代はどれくらいいるのだろうか。
だからこそ、今までの良さをもう一度見直し、学校がいま出来得る部活動の形を必死に考える時期ではないのだろうか。黙っていては下手に剪定された植木みたくなる。剪定するのは僕たちでなくてもいい。ただ「そこはダメだ」「こうしたほうが絶対にいい」と立ち会う人が必要だ。
声を上げ始めている新しいサイレントマジョリティの声を形にして、議論の俎上にあげていく。ほんの微力に過ぎないけど、そんな仕事に関わっていきたい。

2018年1月4日木曜日

「部活動改革の本丸は何か?」

僕は違うことを考えている。部活動は絶対に学校には必要だ。ただ、形は変わってしまってもいい。
部活動を完全に外に出すことは外の人はきっとそう言う。その上、しんどい思いをしている現場の先生もそれに賛同する。ここに異論はないし、当然の摂理だとも思う。
僕は15年ほど公立の中学校で働いているけど、良くも悪くも部活動の教育効果は大きいのを見てきた。もちろん、顧問の暴走や暴挙も。それと部活動をめぐる時代遅れの見方も。僕はこちらのほうが問題だと感じていて、そこに関する発信をしていくのが自分の立場なのだと最近わかるようになってきた。Twitterの訳のわからん連中に躍起にならず、正々堂々と自分の思っていることを話していきたい。
部活動のシステムに瑕疵(と言うべきか制度疲労と言うべきかわからない)があるのはもう隠せない。でも、無償でその競技や技術に触れられることは今までたくさんの生徒を育ててきたはずだ。加えて、一つの居場所として機能しているし、勉強の場面ではなかなか自分の力を活かせない生徒が良さを発露できる場としても。その生徒に関われる先生が多かったほうが多様な角度で生徒を見ることもできるし、他の学年であれば違う立ち位置だからこその声かけもできる。
僕は若い先生が「こうしなければならない」というものが、勝利至上であったり、顧問の機嫌で生徒に負担をより強いたりと、モデルケースにそろそろ時代遅れなものであることが問題だと思っている。「あいつはこれくらいやってもいい」とか勝手な思い込みで顧問が無茶をさせる。それをおもしろがって、違う学校の先生が自分のチームでも同じように生徒に強いる。「シメ方が足らんのや」とか言ってアホじゃないかと思うような怒鳴り方やペナルティを与えて恐怖で生徒を縛りつける。ひいては、その姿勢こそ「部活動顧問たるもの」と思い込まされて、キャラ違いの振る舞いをして自分をよりしんどくさせていく。土日、家族やプライベートを擲つのは当然で、その場にいないことが「非常識者」のレッテルを生徒、保護者だけでなく、同僚や関係者も同様にみなす。
僕はこれが部活動をめぐる問題で一番しんどいと考えている。僕がもしできることがあるとすれば、この違和感を共有して、できる人を増やして、それを共有すること。そして、もっといいやり方を考えていくこと。そして、それをきちんとした考え方として確立していくことなのだと思う。
改革の本丸は、甲子園大会に向かう際の異常な精神性にある。ずっとこれは僕が言ってきていることだ。「異常な」というのがポイントで、なんとかも味噌も同じみたいな発想で考えないでほしい。言いたいことはそうじゃない。普通のやり方で、無理はあってもきちんと休めて、学校の行事にも参加できて、場合によったら「これで大丈夫かな」と思うような気分転換もあって。命をかけるとか、本当にそういうことを軽々しく教育の現場に持ち込んでいいのかなと思ってしまう。これも先と同じで、趣味程度でやればいいとか言う意味じゃない。そういう姿勢で臨むのはあってもいいし、公言してもいいけど、今まで放置されてきた「無茶」にブレーキをかけて、違った方法や考え方でより良い結果を目指していく。これがこれからの部活動指導の求められるスタイルなのだと思う。
そう考えると、顧問を希望性でやっていくしかない。専門外の先生がもしその部をもつことがあっても、生徒や保護者は理不尽な攻撃をしてはいけないし、僕らはそういう同僚を守らなければいかない。そのために「これはどの部の先生もやらなあかんでしょ」「先生が部活動の指導者になるならこういう考え方でいなければあかんでしょ」というものを現場で実践している人が形にしていって、その中で時代遅れなものや学校の部活動は必ずしもプロを目指すものではないという考えなどを整理、修正していって、学校が出来得る部活動を作っていくことが急務だ。
外に出したらもう戻せない。ただ、絶対に先生は楽になる。でも、もうあの教育効果は得られない。ただ、それは学校の仕事じゃないかもしれない。
今こそ侃々諤々やればいい。やったことに喧々囂々言われるのは改革の黎明期には必然だ。
今年はもっとこの種の動きがあるだろう。渦中にいながら「これで本当にいいのか」ということを考えながら見ていきたい。補欠だった僕も何かの役に立てたらうれしい。

2017年12月25日月曜日

「3年生担任と顧問」

今日は雨上がりのグランドながら、部員といっしょに野球ができた。テニスボールでロングティーをやって、一心にボールをたくさん拾って自分たちが一球でも多く打つ。高校のときにやっていたスタイルを生徒に話すとすぐ乗ってきて、それでやっていた。こういう時間も3年生の担任をやっていると、なかなかとれない。指導につけない、席を外すことが多く、どうしても任せきりの練習になる。
先日、僕のもうひとつのグループでちょっと話題になった「つけないとき、どうするか」ということが、特に3年生の担任になると常につきまとう。免罪符的に週末に練習試合をやって、あれこれ言う。実は大切なのは毎日の練習なのに、プレミア感のある練習である練習試合で生徒をうんぬんしようとする。なんとおこがましいことか。
少しでもグランドへ。部活動のことを投稿しようと思ったとき、指導につけていないことをどうやって隠そうかと「エエカッコ」しようとしたけど、実際はべったりついて指導できることが少ないのでウソを言うのをやめた。それは僕の日常ではない。
3年生の担任になったら、殊更こういう要件でつけそうにない、と丁寧に話している。任せきりのときに練習がうまくいっていなくても、それは生徒のせいではない。顧問がうまくやりくりして生徒についてやればいい。つけない理由を仕事のせいにしない。こんな高尚な理論もあるだろうけど、担任をもった生徒が相談にきたりイレギュラーで懇談をすることになったりと、一生懸命向き合っての結果であれば、僕はもうここにいちいちストレスを感じないでいようと思っている。
これから進路指導が本格化する。関われる時間を丁寧に。ダメなときもそれを呑み込んで。いいときだけいい顔するのじゃなくて、うまくいかないときに上機嫌でいていっしょにやり方やあり方を考える。3年生担任のときの極意だと僕は思っている。

2017年10月20日金曜日

「背番号の意味」

今日、背番号を渡した。初めて一桁をもらった生徒もいて、破顔一笑だった。僕も現役のときに、一度だけ一桁をもらったことがある。
中学生の頃、一塁手だった僕は、2年生になって自分たちのチームになったときに3番をもらった。出たり出なかったりだったので、正直複雑な気持ちだった。いま考えても、なぜあのときに一桁をもらえたのかわからない。
裏話がある。二人の顧問の先生の話を僕は聴いていた。
「杉本に3番あげようと思ってるねん」「そうですか、いいですね」「それでゲームには◯◯を出そうかなって」「それ僕も同じこと思っていました」かくして、僕は3番をもらったもののずっとベンチだった。何の意味をもった3番だったのだろう。
背番号が、ある意味の論功行賞の役割をするのはわかる。高校野球でも僕と同じような意味合いで背番号をもらった選手はきっといる。
僕は選手目線の背番号の抜擢をいつも考える。二桁は二次的な要素が絡まることもある。でも、一桁は絶対レギュラーであるべきだ。特に中学生に婉曲な、ドラマ的な要素はおおそよ汲み取ることは難しい。これを選手が無能だとかそんな議論にならないことは聡明な方だとわかる。額面通りの抜擢こそが愛情だと切に思う。選手として2番手、3番手なら、そう抜擢することこそ愛なのではないか。言い切ってもらえることで救われることもあると僕は思う。
一桁は誇り。重みはチームごとに違うかもしれない。でも、そのチームおいての一桁は唯一無二だ。胸を張ってゲームに臨んでほしい。そのチームに応じたサイズのドラマが存在するのだ。

2017年9月30日土曜日

「幽霊部員について」

幽霊部員という言葉は死語かもしれない。いずれ言葉が変わっていくだろう、この幽霊部員だが、どこの学校でも必ずいる。この幽霊部員をめぐってトラブルがたえない。拙著にも提案したが、放置するからトラブルになる。積極的に関わるのが適切な、しかるべき指導だと考える。
たとえば体育大会のクラブ行進や卒業アルバムの撮影などで、気まずそうにしている生徒を見たことはないだろうか。全然部活に行っていないから自分の身の処し方がわからない。もうひとつ言うと、顧問もそれをそのままにしている。待っている、ということになるのかもしれないが、生徒から顧問に歩み寄ってくることはまずありえない。それなのに、放置してしまっているのが誤解のもとであるし、保護者からしたら「同じ学校にいててなぜ声をかけてくれないか」という話になる。ましてや同じ学年だと特にそうなる。
ここで保護者から説明を求められても、言い訳ととられるだけ。僕が新任の頃、保護者への対処が当日なら「説明」、次の日になると「言い訳」となると教わった。言葉遊びかもしれないが、教育は「今日行く」ことだ、という話。この図式にあてはめていくと、長く部活に参加していない生徒に関わらないのは顧問の仕事としては物足りないものだと思う。
僕は野球部で幽霊部員を長い時間かかえた経験がない。僕自身がもやもやするので、そうなりそうならきちんと話し合ってやめさせた。勝手にいなくなった子にも声をかけてお互い気まずい時間を過ごさなくていいようにした。やんちゃな生徒が縛りに耐えられず、部活を続けられないことがある。こういうときもこっちから関わって正式に退部させてきた。もっと若い頃はこのあたりがあいまいで悶々とした時間を過ごしたことがある。僕もそうだったし、生徒もきっと心地悪かったと思う。気持ちよく生徒には登校させてやりたい。
外部のスポーツチームなら幽霊部員は実質存在しえない。対価を払って指導を受ける以上、お金を払っているのに来ない子を放置することはありえないからだ。無償の外部組織であるなら、ひょっとしたらありえる話かもしれないが、指導者が学校関係者であければそれぞれのアプローチになるはずだ。
でもこれが学校の部活動なら大いにありうる。新任の先生や若い先生がこういう生徒を放置してしまうことがあるが、周りや学年の先生が提言して正式に手続きをさせてやらなければならない。いずれ学校への不信感になり、そのひずみはどこかで日々の業務に間違いなく跳ね返ってくる。「こういうときは自分からきちんと話にくるべきだ」というのは顧問の瑕疵。そういうことができる生徒が幽霊部員になるはずがない。何か後ろめたいところがあって部活に足が進まなくなる。保護者が知らないケースもある。こういう動きこそ、学校の部活動ならではの動きだと言える。
こういった、技術指導に行きつくまでの丁寧な指導のあり方がもっと研究されていいと思う。顧問の独自採算にせず、担任業務と同等に学年や学校あげてきちんと取り組んでいくべきだ。現場と研究の密接な連携が望まれる。部活動経営の一要素の事案だと僕は考える。

2017年9月15日金曜日

「他学年のチーム」

これも自分の問題意識。僕の実感だが、自分の学年のチームはまず部員数が多い。それと、思い入れが違う。加えて、直接見ているという強みで生徒と関われる。何年に一回かだけど、自分の学年のチームはまた違う気持ちで関わる。これはどう取り繕ってもウソはつけない。
一方で、他学年がメインとなったチームは、指導はいつもどおりすれど、どこまで染み込んでいるのか実感しづらい。常勝チームならいい。伝統が生徒を引っ張ってくれるから。伝統も実績もない普通のチームで、他学年の子たちといっしょに部活動をしていく難しさはあまり言語化されていない。明らかに顧問の接し方、関わり方が違う。
他学年の子たちと心理的な距離を縮めようとするなら、授業に行くのが一番良い。見学ではなく、授業をしに行く。でもこれは無理な話。そもそも、部活動がメインにある教師の動きだ。違う。日常の授業や取り組みがあって、かたわらに部活動がある。ここの認識がおかしい人が、現場には多い。自分の部に所属する生徒の全部を知っている気でいる。あまり言いたくないけど、年長の先生にこの傾向は強い。生徒は後光で動いている。それに気づいていない。生徒は目の前では常に従順。そうではないドロドロとした部分に目を向けて、曝け出させて勝負している先生に僕は心から尊敬する。威厳なんかいらない。生徒が「この先生についていけば大丈夫」と思うには、怒声もいらないし、膨大な時間が必要なわけでもない。すーっと、生徒の心に迫る切り込み方が出来ているか。僕はここが絶対的に足りていない。
生徒をわかっているというのは明らかに教師のおごりだ。わかろうとすることが大切なのに、わかった気でいて失敗、ミス、エラーがあったら現象面だけに目を向け指導する。それでは生徒は後ろを向いてベロを出している。出されて悔しい、というのは思い上がりで、きっとそんなもんだと思う。これだけ部活動以外の刺激がある生活のなかで、没頭させようとするには怒声でも、威厳でも、膨大な時間でもない。
生徒が向き合いたいと思える環境をつくること。自分の学年のようにかわいがる。他学年だからわからない、というのはおごりでもあり、真理でもある。そこを自覚してから初めて、生徒の心に迫れる指導ができるのだ。

2017年8月28日月曜日

「ごくありふれた、本当の日常の1ページ」

今日から午後は相談活動ウィーク。こんなときに限って違う指導が入る。相談活動もある程度で済ませ、グランドへ。4人しかいないからちょっとでも居てやろうと思って。終わったら5時近く。この時間から何もできないので退勤しようと思って、少しだけやる。で、この少しがやり始めると終わらない。定時退勤かー。部員不足に悩む部活動を子どもたちだけで成立させる仕組みがあれば。いま模索してるけど、こんな人数だと僕らがいることが一番なのかなと思ってしまう。働き方改革が声高にやられてる中、余計に他の人と差を感じてつらくなる人もいるのだろうと思う。今日は部活動の時間が長すぎた。改善できるはず。この仕組み作りに楽しさを感じてしまうのは、専門の部だからだろうな。手強いけどこのあたり考えていくのがおもしろい。

高校版 修学旅行に行ってきた

二泊三日の修学旅行を終えた。よかった。誰も損をしない行事になった。 ちょっと昔、修学旅行委員長に推した生徒がいた。引っ込み思案、でも、力がある。彼はやりたそうだったので、僕が推した。八面六臂、気配りや決断力があった。その彼をレクレーション大会のあと、みんなでサプライズで感謝の言葉...